【中国労働法シリーズ】②労働契約が未締結であった場合に支払う、2倍賃金が免除される事由、明確に規定
今年8月に中国最高人民裁判所より公布された「労働争議案件における法律適用に関する解釈(二)」(以下、「解釈」という)及び関連の典型判例に基づいて、5つのテーマに分けた記事を「労働法解説シリーズ」として、ご紹介させていただいております。
先日第一回目として、【中国労働法シリーズ】①社会保険の未納が与える衝撃、という記事を発表させていただきましたが、今回はその第二弾として、「労働契約が未締結時の罰則”2倍賃金”が免除される事由」をテーマとした記事となります。各企業様、特に労務関係のお悩みを抱えられている企業様のお役に立てれば幸いです。ぜひ、ご一読ください。
Contents
一、労働契約を書面で締結されていなかった場合、2倍の賃金を支払わなければならない
中国「労働法契約法」第82条では、
使用者が・・・
- 労働者の雇用開始日から1ヶ月を超え1年未満の期間に書面労働契約を締結しなかった場合、毎月2倍の賃金を支払わなければならない。
- 労働契約法に違反して無固定期間労働契約を締結しなかった場合、無固定期間労働契約を締結すべき日から毎月2倍の賃金を支払わなければならない。
と規定しています。
しかし、今回の解釈で初めてこの2倍賃金の支払い免除の事由が明確化され、労働契約が書面で未締結であった場合企業は必ず2倍の賃金を支払わなければならないという判断基準ではなくなり、免除事由を証明できた場合に限り、雇用主は2倍の賃金を支払う義務はなくなります。
2倍の賃金支払いの罰則を免除できる事由とは
今回初めて明確化された2倍賃金の支払い免除の事由の規定については以下の通りとなります。
労働者は、使用者が書面による労働契約を締結しなかったことを理由に、2倍賃金の支払を請求した場合、人民裁判所はその請求を支持する。ただし、使用者が以下のいずれかの事由を証明できた場合は除く。
(一)不可抗力により締結できなかったこと、
(二)労働者本人の故意または重大な過失により締結できなかったこと、
(三)法律・行政法規で定めるその他の事由。
この「免除事由」に該当するいくつの代表的な事例は、以下が考えられます。
(一)不可抗力により締結できなかった状況:
自然災害(地震、台風、洪水など)、戦争・暴動、伝染病の大流行などにより事務所閉鎖、など
(二)労働者本人の故意または重大な過失により締結できなかった状況:
従業員が会社からの連絡やリマインドなどを無視してわざと労働契約の締結を拒否、
人事担当者が自らの職権を利用して労働契約の締結を免れる、など
(三)法律・行政法規で定めるその他の事由:
女性従業員の「妊娠期・出産期・授乳期」のため締結できなかった場合、など
二、典型的な判例
今回解釈とともに公布された、労働契約が未締結であっても2倍の賃金支払いが免除される事由に関する典型的な判例についてご紹介いたします。
A氏と某ホテル・某旅行会社との労働争議事件
結論:労働者が故意に書面労働契約を締結しない場合は、使用者が2倍の賃金を支払う義務を負わなくてもよい
【事案の基本的状況】
2018年12月11日、A氏は某旅行会社(以下「同社」という)と労働契約(契約期間:2018年12月11日~2023年12月10日、職務:財務部責任者)を締結しました。
2023年12月、当初契約が満了となるため同社は、口頭及びWeChatで労働契約の更新について何度もA氏へ連絡しましたが、A氏はこれを拒否しました。
A氏は、雇用主が労働者と書面による労働契約を締結しなかった場合、雇用主は労働者に対し賃金の2倍を支払わなければならない、という規定を知っており、かつこの旅行会社が近々閉鎖することも知っていたので、「会社が解散するまで契約しなければ2倍賃金が得られる」という目論見があり、書面での契約更新の締結を拒否していました。
そして締結しないまま、2024年4月、双方は協議による労働契約の解除に合意し、その際、旅行会社がA氏の2024年4月までの賃金・報酬、社会保険料など全て支払済みであることを確認し、かつ経済補償金は2024年4月30日締めを基準に算定され、こちらも問題なく支払われることになりました。
その翌月となる2024年5月、同社は登記抹消され、同社の権利・義務については、とあるホテルが引き継いでいました。
A氏は労働争議仲裁委員会へ、同社の権利と義務を引き継いだホテル及びホテルの株主である旅行会社Bに対し、書面による労働契約の未締結における2倍の賃金支払いを請求するための申請を行いました。しかし、仲裁委員会はこの申請を受理しない旨を通知したため、A氏はそれを不服として裁判所へ提訴しました。
【裁判結果】
裁判所は、同社とA氏の労働契約が満了した後も、
- A氏は引き続き勤務を継続していたこと
- 同社は当初契約の労働契約内容に基づいて労働報酬を支払い、且つA氏の社会保険料も負担し納付し続けていたこと
- 同社は雇用主として繰り返しA氏に対し書面労働契約の更新するよう求めたが、A氏がそれを拒否していたこと
という事実に基づき、書面労働契約を締結されていない原因は、明らかにA氏が故意に拒否していたことであるため、旅行会社が2倍の賃金の支払う義務を負うことはなく、またその権利・義務を承継したホテル及び株主の旅行会社Bも責任を負うことはないと判断し、裁判所は、A氏の2倍賃金支払等の請求について棄却する判決を言い渡しました。
【判例解説】
今回の争点である「書面労働契約を締結しなかった場合、労働者に対し2倍の賃金を支払う」という規定については、冒頭で紹介した通り労働契約法第82条において定められている通りですが、本来この書面労働契約未締結時の2倍賃金支払のルールは、労働者の合法的権益を保護し、使用者の法的義務履行を促すための規定となります。
そのため、本ケースのような不誠実な者に不当な利益を与えるべきではなく、労働者が故意に書面労働契約締結を拒否した場合は、2倍の賃金を支払わけという規定は適用できないことを明確にされました。このように、明確な価値観を体現し、誠信原則に反する行為を制約・懲戒し、労働者と使用者が自発的に法的義務を履行するよう導こうという姿勢を表しています。
三、リスク軽減のための対策
本ケースおよび規定に基づき、実務上、企業の法務リスクを低減するための対策については、以下の内容となります。
①従業員との労働契約書締結を徹底する
- 入社日当日に労働契約の締結の確認
- 未締結者は就労不可する就業規定の採用
- 労働契約満了日の60日前更新アラートの設定
まず、従業員との労働契約書を必ず書面により締結することを徹底されることが挙げられます。
その対策の一例といたしましては、まず最初に入社当日までに、必ず労働契約書が書面で締結されている確認フローの徹底、そして就業規則など社内規定において、書面による労働契約書が締結していない人は就労出来ない、という制度の採用、また労働契約の更新については、満了する例えば60日前に社内のシステムでアラート発信するよう設定され、人事担当者から更新の手配などを行う、というフローを整備していただくことなどが推奨されます。
②労働者側が故意に契約を締結しなかった証拠を残す
- 拒否する従業員に対し弁護士の立会いの面談を手配する
- 催促したメールや書面などの記録を残す
そして、万が一、労働契約書の締結および更新を拒否する従業員がいる場合については、その従業員と面談する際に弁護士を第三者の証人として手配したり、催促した事実を記録として残すためメールや書面で送付した証拠を保管する、といった「労働者本人の故意により契約を締結しなかった」ことを証明するというような対策が考えられます。
労働関係の管理は、企業にとって、特に製造業など数多くの従業員を雇用する企業にとって、重要な課題の一つとなります。労働関係に関わる最新の法規を熟知し、適切に活用して予防措置などを講じ、リスクを事前に低減することが肝心となりますので、本記事をご参考頂き、その一助となれば幸いです。
最後に、弊所青葉法律事務所は、華南地域における労働関係処理に関して豊富な経験を有しております。ご不明点やご要望などがございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。
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本記事の目的:
本記事は、主に中国本土や香港へ進出されている、またはこれから進出を検討されている日系企業の皆様を対象に、中国本土や香港での経営活動や今後のビジネスに重大な影響を及ぼしうるような最新の法律法規と関連政策の主な内容とその影響、日系企業をはじめとする外資系企業の取るべき主な対策などを紹介することを目的として作成されています。
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