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【中国労働法シリーズ】①「労働争議解釈(二)」が社会保険未納に与える衝撃

 

このたび、中国最高人民法院が「労働争議案件における法律適用に関する解釈(二)」(以下、「解釈」といいます)および関連する典型判例を公布したことをご存知でしょうか。

 

身近で労働争議が発生していない企業様にとっては、いまひとつ実感が湧きにくいかもしれませんが、今回公布された「解釈」は、外資系企業の労働分野における実務対応に及ぼす影響が大きいため、ぜひ皆様に注目していただきたいものとなっております。

 

刻々と変化する経済環境や法規制環境において、労働関係管理の適正化はすべての企業様にとって不可欠な課題です。こうした状況を踏まえ、弊社は「解釈」および典型判例に基づき、テーマ別に分けた「労働法解説シリーズ」としてご紹介させていただきます。

 

記念すべき第1回は、近年注目が高まっている「社会保険納付」問題をピックアップし、詳しく解説してまいります。ご参考になれば幸いです。

 

 

社会保険の納付とは

まず、今回の最高人民法院が公布した労働争議にかかわる司法解釈において、社会保険納付に関しては、下記の通り規定されています。

 

 

第十九条 使用者が労働者と社会保険料の納付免除を合意し、又は労働者が使用者に対して社会保険料の納付免除を承諾した場合、裁判所は当該合意又は承諾を無効と認定するものとする。

 

使用者が法律に基づき社会保険料を納付しない場合、労働者が労働契約法第三十八条第一項第三号の規定に基づき労働契約の解除を請求し、かつ使用者に対して経済補償の支払いを求めたときは、裁判所は法律に基づきこれを支持するものとする。

 

前項に規定する状況において、使用者が法律に基づき社会保険料を追納した後、労働者に対して既に支払った社会保険料補償金の返還を請求したときは、裁判所は法律に基づきこれを支持するものとする。

 

 

青葉の解説

上記解釈を簡単にまとめると、「社会保険納付には強制的拘束力があり、現金で代替支払いの時代が終わる」ということです。

 

「解釈」には、主に以下の3つのポイントにおいて、社会保険の納付を逃れる条項の絶対的な無効を明確化しています。

 

「社会保険納付の従業員自ら志願した放棄」という合意が無効 →  労働者は労働契約を解除し経済補償金を請求可能

「賃金増額による社会保険の代替方式」が違法 →  企業は社会保険追納後、即時支給した代替手当金を返還請求する権利を有する

社会保険追納は労働者の経済補償金請求権に影響せず

 

 

 

 

労働争議典型判例

また上記解釈と共に、典型判例も公表されたので、以下の判例をご紹介いたします。

 

 

S氏と某警備会社の労働争議事件

社会保険料の不納付に関する合意が無効とされ、労働者がこれを理由に労働契約を解除する場合、使用者に対して経済補償金の支払いを請求する権利を有する

 

 

【基本案情】

2022年7月、S氏は某警備会社(以下、同社とする)に入社した。双方の合意により、同社はS氏の社会保険料を負担せず、関連費用を手当として直接S氏に支給することとし、同社はS氏の社会保険料を納付しなかった。

 

S氏は、社会保険料の不納付に関する合意が同社のあらかじめ作成した定型条項であり、自身の法的権利を剥奪し、現行法規に反するため無効であると主張した。S氏はこれを理由に労働契約を解除し、某労働人事争議仲裁委員会に対し、同社に対して労働契約解除に伴う経済補償金等の支払い等を求める仲裁を申し立てた。仲裁委員会はS氏の経済補償金請求を認めなかったため、S氏は不服として裁判所に訴訟を提起した。

 

 

 

【裁判結果】

裁判所は、社会保険料の納付は使用者と労働者双方の法的義務であり、法律上認められた事由がない限り、双方の合意によって免除されないため、社会保険料の不納付に関する合意は無効であると判断した。

 

さらに、同社がS氏の社会保険料を法定通り納付しなかったことを理由に、S氏が労働契約を解除した行為は、使用者が経済補償金を支払うべき法的状況に該当するとした。したがって、裁判所は、同社に対しS氏に労働契約解除の経済補償金を支払うよう判決した。

 

 

 

【判例解説】

法律に基づき社会保険へ加入することは、使用者と労働者双方の法的義務である。本件において裁判所は、社会保険料の不納付に関する合意が違法のため無効となるルールを明確にした。もともと、労働者自らが離職を申し出る場合、企業は経済補償金を支払う必要はない。

 

しかし、使用者が労働者と社会保険料の不納付の合意を交わし、代わりに手当等の名目で金銭を支給した場合、労働者は「使用者が法律に基づき社会保険料を納付しなかった」ことを理由に労働契約解除する権利を有する。この場合、たとえ労働者側から能動的に離職を申し出たとしても、使用者は経済補償金の支払い義務を免れない。

 

 

 

青葉の解説

弊社がこれまで対応してきた案件では、

 

・試用期間の社会保険料の未納、

・労使間の合意による社会保険料の不納付、

・長年間において最低基準での納付、

・社会保険納付の代わりとして多めに給与を支払うまたは手当金を支払う、

 

などのケースが多く見受けられました。

 

短期的には企業側にコスト的なメリットがあるように見えますが、上述のように、経済補償金の支払い義務に加え、従業員から社会保険料の未納を指摘・追納を求められた場合、企業は未納分の全額追納だけでなく、滞納金の徴収しなければならない、というような重大なリスクを長期的に抱えなければならない点に注意が必要です。

 

また近年、法整備が進むにつれて労働者の利益に対する保護が一層強化され、企業に対するコンプライアンス要件が厳しくなっていることから、社会保険の未納リスクが経営上の重要課題として浮上しています。

 

 

 

企業の社会保険未納に関するリスクの対応策について

では、企業は社会保険未納リスクに対して、どのような対策ができるのでしょうか。ここで弊社が推奨する対策案をご紹介いたします。

 

 

①全従業員の社会保険加入義務化

  • 「協議による不加入」オプションの廃止
  • 月給5,000元以下の職種を重点確認・管理

 

 

②外部委託先の管理強化

  • 外部委託会社の社保納付記録を確認
  • 納付証明書のコピーを取得・保管

 

 

③システムによる強制チェック

給与計算時、社会保険未加入の従業員に対してはシステムが警告を表示し、処理を止めるバリデーションを設定

 

 

 

 

まとめ

「解釈」は、あくまでも既存の政策を補完する形で、2025年9月1日より施行されることになるため、2025年9月1日より社会保険の納付が義務化となるのではなく、現行制度においても既に社会保険の全額納付は企業の義務として規定されています

 

ただ、実際の監督執行においては、地域によって必ずしも厳格ではなかったことも否めません。しかしながら、社会保険未納リスクが顕在化する典型的なケースは、従業員からの申告がきっかけとなります。一度申告されれば当局は必ず受理し、企業に対して追納と罰金を科すことになります。これは企業経営にとってまさに「時限爆弾」とも言えるリスクです。

 

一方、社会保険の全額納付を適切に行うことにより、企業の人件費におけるコストが増加し、経営負担が重くなることも事実です。日々の労働関係管理において、社会保険納付のポイントを十分にご認識いただき、適切な対応を講じていただければ幸いです。

 

 

 

社会保険の実務上対応について、各企業の状況より、日常の経営管理において、ケースバイケースで対応しなければならないことがあるかと思います。ご懸念点やご不明な点などがございましたら、Aobaグループには経験豊富な税理士や弁護士が多数在籍しておりますので、いつでもお気軽にお問い合わせください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考リンク先:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本記事の目的:

本記事は、主に中国本土や香港へ進出されている、またはこれから進出を検討されている日系企業の皆様を対象に、中国本土や香港での経営活動や今後のビジネスに重大な影響を及ぼしうるような最新の法律法規と関連政策の主な内容とその影響、日系企業をはじめとする外資系企業の取るべき主な対策などを紹介することを目的として作成されています。

免責事項:

  1. 本資料はあくまでも参考用として作成されたものであり、法律や財務、税務などに関する詳細な説明事項や提案ではありません。
  2. 青葉コンサルティンググループ及びその傘下の関連会社は、本報告書における法律、法規及び関連政策の変化について追跡報告の義務を有するものではありません。
  3. 法律法規の解釈や特定政策の実務応用及びその影響は、それぞれのケースやその置かれている状況により大きく異なるため、お客様各社の状況に応じたアドバイスは、各種の有償業務にて承っております。

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