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【中国労働法シリーズ】③ 競業避止義務の従業員への適応範囲が縮小

 

今年8月に中国最高人民裁判所より公布された「労働争議案件における法律適用に関する解釈(二)」(以下、「解釈」という)及び関連の典型判例に基づいて、5つのテーマに分けた記事を「労働法解説シリーズ」として、ご紹介させていただいております。

 

これまでに、

【中国労働法シリーズ】①社会保険料の未納が与える衝撃

【中国労働法シリーズ】②労働契約が未締結であった場合に支払う、2倍賃金が免除される事由、明確に規定

の二つの記事を発表させていただきました。

 

今回は、本シリーズの第三弾として、競業避止義務の適応範囲が明確化されるようになった背景、そしてその競業避止義務の範囲についてご紹介いたします。

 

 

一、競業避止義務条項の適応範囲の調整について

競合他社などに自社の機密情報を与えないようにする、競業避止の義務条項ですが、これは従業員が離職する際、または離職する前に、転職先の企業や自ら会社を立ち上げる時に自社の機密事項を使った事業を行うような、競業を防止するための条項で、労働契約または秘密保持契約の中の約定の一つとして締結されることが多いかと思います。

 

ここ数年、この競業避止義務条項が、過度に従業員の転職の自由を妨げている、と見受けられるケースが増加してきていたため、今回労働者の競業避止義務の範囲について限定されるようになりました。その限定された範囲というのが、以下の今回新たに「解釈二」により規定された内容となります。

 

第13条 労働者が雇用主の営業秘密や知的財産に関わる秘密事項に精通していない、または接触しておらず、労働者が競業避止義務条項の無効の確認を求めた場合、人民法院は法に基づきこれを支持する。

 

また、競業避止義務条項において定められた競業避止の範囲、地域、期間などの内容が、労働者が熟知・接触した営業秘密事項や知的財産に関わる秘密事項の内容と一致していない場合、その一致していない範囲の無効の確認を求めた場合、人民法院は法に基づきこれを支持する。

 

 

これは要するに、以下二つの制約により、競業避止義務の適用範囲が制限されたことを意味します。

 

営業の秘密事項に触れていない一般社員については、競業避止義務条項は一律無効

 

秘密事項に関与する社員については、競業が禁止される範囲・地域・期間の秘密事項がその社員が熟知した内容と合致していなければならず、そうではない部分については無効

 

 

 

二、典型的な判例

調整された「競業避止義務」の範囲が適応された判例についてご紹介いたします。

 

 

【労働争議典型判例4】— 某甲医薬公司とD氏の競業避止紛争

結論:労働者が負う競業避止義務は、その労働者が熟知した営業秘密および知的財産関連の秘密事項の範囲である必要がある

 

 

【事案の基本的状況

D氏は主にバイオ医薬事業を営む某医薬会社(以下、同社とする。)に入社し、生産運営部のチーフテクノロジーオフィサー(CTO)として務めていました。またD氏は在職期間中、同社の関連会社で生産されている2種類の医薬品の化学成分に関する生産・管理方法などの詳細となる機密情報についても取り扱っていました。

 

2021年9月、D氏は退職願を提出することになり、その際、競業にあたる事業を行わない、かつ従事しないことを約束する競業避止(ひし)義務契約を、その期間24ヶ月間と定め、締結されました。

 

退職後まもなくしてD氏は、とある生物会社に入社し、上級副社長として就任したため、そのことを同社へ通知しました。

 

D氏が退職してから5か月後となる2022年2月同社は、D氏が再就職した生物会社は、自分達と同じバイオ系医薬企業の競合関係にあるとして、D氏が競業避止義務契約に違反したと主張し、労働争議仲裁委員会に仲裁を申し立てました。

 

D氏に対する請求内容は、競業避止違約金710万元と損害賠償金100万元の支払い、そして退職時に競業避止のために支払った経済補償金196,185元の返還、及び今後も競業避止義務契約の継続を履行するよう求めるものでした。

 

本件について仲裁委員会では判決が出されず審理が終結したため、同社は人民法院に提訴しました。

 

 

 

裁判結果

裁判所は、同社の全ての訴訟請求を棄却する判決を下しました。

その理由として、まず法律的な観点において、労働者の競業避止義務の範囲は競業避止制度によって定められた保護事項の必要範囲内に限定されるべきであり、またそれは労働者が熟知している営業秘密事項及び知的財産権に関連する秘密事項の範囲内である必要がある、としました。

 

そのため、同社とD氏が合意した競業避止の対象には、D氏が従事していた同社の関連会社も含まれていたため、その範囲については、D氏が秘密情報に関与した2種類の医薬品に限られるべきとしました。

 

そして、また競合関係にあたる雇用主とは、元雇用主の製品またはサービスと密接な代替関係にあたる製品またはサービスを提供できる雇用主を指す、と解釈されるとして、D氏の再就職先である生物会社が取り扱う医薬品の代替可能性を、適応症、作用のメカニズム、臨床投与計画等に基き検証した上で、バイオ関連の医薬企業として競合関係にあたるかについて判定すべきであるとしました。

 

同社の製品および関連会社の2種類の医薬品と生物会社の製品を比較したところ、いずれもがん治療の性質である製品を含むものの、適応症と投与計画の観点から代替性が認められないとして、裁判所はこれに基づき生物会社は、同じ種類の製品を取り扱った経営や、同じ種類の事業に従事する競合関係にあたる雇用主に該当しないと判定し、医薬会社の全ての訴訟請求を棄却する判決を下すことになりました。

 

 

 

判例解説

労働契約法における競業避止制度の目的は、雇用主の営業秘密事項及び知的財産権関連の秘密事項を保護し、かつ不正な競争を防止することにあるとしています。

 

そして「中国共産党中央委員会による全面的な改革深化、中国式現代化推進に関する決定」では、「人材の秩序ある流動メカニズムの整備」が提唱されている、という背景から、裁判所は競業避止を審理する過程において、労働者の職業選択の自由と市場競争の公平性とのバランスを図りつつ、人材の秩序ある流動を促進させる傾向にあります。

 

本件において裁判所は、まずD氏は競業避止対象者となる従業員である、ことを認定した上で競業避止義務の範囲について、D氏が実際に精通した営業の秘密事項および知的財産権に関連する秘密事項に限定するべきとしたため、当事者間で合意された競業避止の範囲において、雇用主の同社だけではなくその関連会社も含まれていたため、関連会社についてはD氏が熟知していた2種類の医薬品のみに限定されました。

 

また、裁判では本件に関連する専門知識をもった専門家が裁判に入廷した上で、元雇用主と新規雇用主の関連医薬品において技術原理・適応症・投与計画における密接な代替関係が存在しないことが立証されたため、両社間に競合関係は存在しないと認定されました。そして結果として、D氏というハイテク人材が生物会社へ転職するという流動性が確保された、という判例でした。

 

統計によりますと、2024年に北京の裁判所で終結された競業避止事件の34%は、非機密事項に関するものであったため、今回の新規定によりこのような機密事項に関係のない競業避止に関する案件は終息する見込みです。

 

 

 

三、企業が直面するリスク —— 企業秘密保護の制限

競業避止の適用対象が新規定により「秘密事項」に関与しているかどうかが争点となったため、これまでの適用対象だと思われていた範囲から大幅に縮小されたといえます。そのため、従業員としては転職の自由が守られる一方で、企業としては以下のような企業の秘密事項を保護する対策が制限されることによるリスクが生まれているとも言えます。

 

①フロント業務、総務、一般作業員などの企業の秘密事項に関連しない職種に従事する従業員には競業避止契約を締結できなくなった。

②重要機密事項に関わる技術・研究職種に対する競業避止の範囲は、当該従業員が実際に熟知した営業秘密事項の範囲を超えてはならない。

 

 

 

四:企業のコンプライアンス対応実務ガイド —— 競業避止の精密再構築

このような状況において、企業の対応として推奨されせていただく競業避止における再構築フローが以下となります。

 

まずは自社の秘密事項に関与する職種リストを作成します。次に、秘密事項のレベルを分類します。これは例えば企業秘密として核心的な秘密なのか、一般的な商業的な秘密であるのかなどに分類をします。

 

一般的な商業秘密であれば、この競業避止を守ってもらうための経済補償金を支払う必要があるかと思いますが、その制限の期間が長ければ長いほどその補償金額も高くなるため、目安としては1年以内の制限で十分な秘密事項については一般的な商業秘密に分類します。

 

企業にとって重要機密事項にあたるようなコア商業秘密といえる営業秘密事項については、まず就業中においてもその情報漏洩を防ぐために、秘密情報の取り扱いに関する契約書を締結します。そして、競業避止契約については、その従業員が熟知している業務の範囲を超えない内容であるかどうか確認する必要があります。

 

この競業避止にかかる制約期間については、どんな秘密事項においても最長2年までと制限されているため、これを超えた期間において制限することは出来ません。

 

競業避止義務条項は企業の秘密情報を保護する重要な法的手段ですが、その有効な活用には法的バランスが求めらることになります。

 

 

 

最後に

弊所青葉法律事務所は、華南地域における労働紛争処理に関して豊富な経験を有しております。ご不明点やご要望などがございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考リンク先:

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本記事の目的:

本記事は、主に中国本土や香港へ進出されている、またはこれから進出を検討されている日系企業の皆様を対象に、中国本土や香港での経営活動や今後のビジネスに重大な影響を及ぼしうるような最新の法律法規と関連政策の主な内容とその影響、日系企業をはじめとする外資系企業の取るべき主な対策などを紹介することを目的として作成されています。

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